元【HSC】の【HSP】です。
実は過去に性犯罪に巻き込まれたことがあります。
実体験を含む、【バウンダリー(境界線)】の薄さ·弱さが引き起こす、HSCが犯罪に巻き込まれやすいという注意喚起の意味を込めた内容です。
*この記事は2020年10月の記事をリライトしました。
また、途中で☆マークのつけた記事は人によっては不快に感じるかもしれませんので、飛ばしてお読み頂くか、おもしろ記事だけを読んでもらえたらと思います!
おもしろ記事
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- バウンダリーとは?
- HSCはバウンダリーが薄くなりやすい
- HSC(HSP)は人の痛みに敏感な分、自分の気持ちに鈍感になりやすい
- HSCは性犯罪に巻き込まれやすい?
- ★私の実際にあった話
- 自分自身で考えた。
- 子を持つ親の役目とは
- 読んでもらいたい本一覧
- まとめ
- さいごに
バウンダリーとは?
他人と自分との間にある人間関係の境界線。
バウンダリー(境界線)とは?
自分に対して行動をとってくる他人に対して、合理的・安全・許容可能な手法であるかを判別するために個人が作成する、ガイドライン、ルール、制約である。
個人の境界線 - Wikipediaより
こちらに詳しくバウンダリーについて書きました。
HSCはバウンダリーが薄くなりやすい
HSPやHSCは、もともと境界侵入されやすい特性を持っています。というのは、共感力の高さから人の問題を自分のものとして受け取りやすく、そのことで罪悪感や羞恥心を感じやすいために、他者から境界線を侵されてしまいがちなのです。
『HSCのハッピーアドバイス~ひといちばい敏感な子~』の著者の明橋大二先生の言葉
5人に1人の「ひといちばい敏感な気質」をもつHSP・HSC(エイチエスピー・エイチエスシー)は、自己理解と自己肯定でもっとラクになる。子育てカウンセラー・心療内科医の明橋大二先生にききました!│mazecoze研究所(マゼコゼ研究所)
HSCは、自分の受けた心の痛みは非HSCよりも何倍も強く感じとる分、人に同じような痛みを味合わせることはまずありません。(気の許した親や家族は別の場合もありますが)
かくいう私も、母がいつも言っていた
『自分がされて嫌なことは人にするな』
という言葉は、今でも私の胸に深く刻まれています。
【うちの息子もバウンダリーがとても薄い話】
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HSC(HSP)は人の痛みに敏感な分、自分の気持ちに鈍感になりやすい
HSCはその持ち前の優しさから、他人を優先して自分の気持ちを置き去りにする傾向があります。
悪いように言われても、自分さえニコニコしていたら、周りは誰も傷つかないからです。
何か意見を言ったら、空気が淀むのではないかと不安な気持ちを持っています。
的外れたことを言って空気が悪くなったら恥ずかしいというような羞恥心も人一倍強い。
特に親が未熟な機能不全家族で育つと、親は、自分の持っている大切な“気持ち”のことや、人間関係の大事な話を教えてくれません。
親は自分の意見を押し通すばかりですから。
保育園や幼稚園、学校でも『他人の心』は教えてくれるけど、『自分の心』を大事にしなければならないことを教えてくれません。
今では、多様性や二ューロ·ダイバーシティ等と言われ始め、個々を大切にする教育を推進してきていますが、私の小さい頃は「他人がどう思うか」「(理由も聞かずに)悪いことをしたらごめんなさいでしょ」と他人軸で生きることを言われてきました。
(日本人特有の話だそうです)
そのため、HSCが感じやすい“変な自分”と付き合う自分を、一人ぼっちにさせてしまいます。
そして、自分を見失ったままバウンダリー(境界線)が薄い·弱いという特性はますます際立ちます。
HSCは性犯罪に巻き込まれやすい?
あまり人に言う話ではないので、私の実体験は親しい数人にしか話してきませんでしたが、ネットを見ていて「HSCと境界線問題と犯罪の関係」の話をたまたま見ました。
そこまで頻繁に思い出さない過去の記憶が甦り、鳥肌が立って、それ以上先を見れなくなりました。
過去を思い出して怖いのではなく、「自分の優しさや気遣いは、ただ単にバウンダリーが薄いだけだった」という真実に触れたからです。
そして、改めてバウンダリー(境界線)が薄いHSCが(性)犯罪に巻き込まれやすい話を見て、自分を見つめ直しました。
また、それと同時に、「HSCが性犯罪に巻き込まれやすい」リスクと、「私達親がしなければならないこと」の注意喚起の意味を込めて見てもらいたくて記事にしました。
★私の実際にあった話
2X年前のちょうどこのくらいの時期。
小学校2年生の秋の宿題が「秋を探そう」でした。
自然が少ない地域に住んでいたので、街路樹の脇に生えている草花を見ながら、一人で隣町まで歩いていました。
隣町に入った所で原付(小型バイク?)に乗ったおじさんに話しかけられました。
多分「一人?」などと声を掛けられたと思います。
私は一瞬怖くなったけど「はい」と答えました。
色々話しかけられて、「これに乗る?」と言われました。
何回か断りましたが、あれやこれや、バイクに乗る素晴らしさを語られました。
本当は何だか嫌な気持ちにはなっていたけれど、バイクに乗るのは楽しそうだなという気持ちと、「おじさんを断るのがかわいそう」と思っていました。
私のバウンダリーの薄さその1です。
「断るとおじさんが可哀想」は
「自分が“断られたらショックだから”同じ想いを「他人」にさせたくない」心理が働いたのでしょう。
母に言われ続けていた『自分がされて嫌なことを人にするな』はこんな所まで影響してしまうのが、小さい子の恐ろしい所です。
そして原付の前の部分に座らされました。
スピード感あるバイクは確かに楽しかったです。
おじさんは仕事中だったようで、バイクに乗った地点からすぐの団地に一緒に行きました。
何とも言えない気持ち悪さは拭えませんが、優しくしてくれて、可愛いと言ってくれるおじさんは悪い人じゃないのかな?と思い始めました。
おじさんはポスティングの仕事をしていたようで、団地の階段で座って待っていてと言われて待っていました。
「私は何をしているんだろう…なんかいけないことをしてる気がする…」と頭の中はぐるぐるしていました。
そして「目をつむって」「美味しいものをあげるからね」と言って、目隠しをされました。
心の中は恐怖でいっぱいです。目隠しをされ、耳にはベルトのカチャカチャという音と、ジッパーを下げる音が聞こえました。
「美味しいものをあげるから口を開けて」と言われ、まもなくしてアレを咥えさせられ、口の中に苦い物が入りました。
私はアレだと直感的にわかりましたが、そこはオシッコが出るという知識しかない8歳児だったので、知識を得る数年後までオシッコを飲まされたと思っていました。
「飲んで」と言われて怖かったので素直に飲み込みました。
「美味しかった?」とニヤニヤして聞くおじさん。
そこでもまだ私はおじさんに気を遣って「うん」と頷きました。
バウンダリーの薄さその2。
「まずい」と正直な気持ちを言ったら可哀想だとまたもや思ったのです。
おじさんの見てない時に塀の外に必死に唾を吐きました。
「反抗的な態度を取れば次は何をされるかわからないから」という勘が働いた為、何か話しかけられても、出来るだけニコニコして話を切り抜けていました。
恐らく、口を塞がれたり大人の足の速さで追いかけられたりしたでしょう。
『元々大きな声を出すのが苦手』『怖くて声が出せなかった』ことが、私をこの選択に導きましたが、今の私が思うに賢い選択だったように思います。
おじさんは仕事中なので、「ここで座って待っててね」とまた言われたけど、おじさんが見ていないタイミングを狙って、反対側にある階段を音を立てずに急いで下って、階段を降りきってからは猛スピードで走って逃げました。
まだ隣町ですら一人で遊びに行くこともあまりなく、土地勘もありませんでしたが、「ここの団地は(一度遊びに行ったことのある)○○ちゃんのお家だ!」と思っていたので、必死に頭の中で地図を思い描いてその団地から家まで走って逃げます。
母はいつも話を聞いてくれない
家に帰ると両親が大喧嘩していました。
(後から聞いた話で照らし合わせると父が無職だった時代)
私は息を切らして泣きながら「お母さん、聞いて…あのね…!」と言っても話を聞いてもらえません。
普段はいつも話を聞いてもらえていない(と思い込んでいた)母に意見を言わない私は思い付きました。
「あのね!!変なおじさんがね…!」
ここまで言ったら……母は、親は、子どもを心配してくれるだろう。
(父は眼中にない笑)
そう思っていたのに「あとでね!!」と言われました。
8歳の私はどうすることもできず、絶望しか感じませんでした。
「あぁ、この人たちは私なんていらないんだな」
幸いにも、性のトラウマは私にはなく、「母(両親)に心配されなかった、話を聞いてもらえなかった」という気持ちだけが残り、私のアダルトチルドレンはまた形成されたのでした。
自分自身で考えた。
その後しばらくして、母に「で、なんやった?」と聞かれても、「なんでもない」と言うしかなかった。
母への諦めと、なんとなく言うのが恥ずかしいことだと思ったからです。
結局母は、私がこんなことになっていたと知らずに今年亡くなりました。
他の大人に話すこともなく、警察に届けることもなく。友達にもこんなこと話せません。
自分の心の中だけで
「あの道は怖いから違う道を使おう」
「これからは自転車は必ず使おう」
「もう知らない人から話しかけられても受け答えしちゃダメだ」
数年間…恐らく小5〜6までその道を使うことが出来ず、遠回りしてました。
またあのおじさんが私を見つけたら、次は遠くに連れ去られる!
次は殺されるかもしれない!!
その道を見ることもできませんでした。
失敗を経験したから学べたことですが、私がもしもずっと監視されて逃げ切ることができなかったら、私はどうなっていたかわかりません。
8歳の無力な女の子でしたから。
機能不全家族育ちで、大人の顔色をよく伺っていて、以前書いた記事で保育園の先生に対しても自分を出していけないのだと思い込んだ私が思ったことは
「やっぱり大人は信用できない」
この記事の後半に保育園時代のことが書いてあります。
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こちらの記事でも書いたように同級生達からも性的な嫌がらせを受けたり、小学校時代も一度同級生の家に誘われて、その同級生にお尻を執拗に撫でられたりしました。
子どもの頃は「やりやすそう」と思われる雰囲気があったのかもしれません。
小さな頃に受けた性的な嫌がらせは大人になってもずっと消えません。
子を持つ親の役目とは
私は親になり考えました。
親の役目について。
子どもは知識がないのも当たり前。
経験が少ないのも当たり前。
未熟なのが当たり前。
親が教えてあげないといけないのです。
あなたが持つその感情には名前があること。
あなたが持つその感情は変ではないこと。
あなたは親や先生に自分の気持ちを伝えていいこと。
そして親や先生はその環境を必ず整えあげなければならないこと。
自分の子には、絶対こんな思いをさせたくありません。
だから、私は男の子二人であっても、しっかり教えていくつもりです。
読んでもらいたい本一覧
世の中には怖い人がいることを教えなければならない。
- 『とにかくさけんでにげるんだ』
- 『いいタッチ わるいタッチ』
正しい性の知識を早めから教えてあげることも大切です。
「あなたの身体も、他人の身体も、気安く触ってはいけないし、触らせてもいけない」という知識を教えてあげるのです。
- 『性の絵本』(5歳から)
- 『あっ!そうなんだ!性と生 ―幼児・小学生そしておとなへ』
大人が先に読んでおく本
- 『おうち性教育はじめます』
- 『お母さん! 学校では防犯もSEXも避妊も教えてくれませんよ!』
まとめ
生まれながらの敏感気質であるHSCであっても非HSCであっても、子どもは大人に比べて圧倒的に知識や経験が足りません。
子どもがバウンダリーが薄いのは当然のことです。
知識も浅くて様々なことが未経験だから、自分を守る領域である『バウンダリー(境界線)を設定』の仕方がわからない為です。
特にHSCの子は、バウンダリー(境界線)が侵されやすく、非HSCの子が自然に持てる「自分を持つことの大切さ」を見失いやすいです。
通常は、周りの人や、友達同士のやり取りで経験して積み上げていくものですが、私のように早期に誘拐未遂に遭うパターンもあるということを知っておいてもらえたらと思いました。
もしも怖がらせてしまったら申し訳ありません。
さいごに
この誘拐未遂の話は、伝えるのはやはり勇気がいることでした。
でもブロガーとして皆さんに伝えて、皆さんの大切なお子さんが守られたらと思い、記事を書きました。
HSCでも非HSCでも、例え劣悪な家庭環境で育った子どもだとしても、そうでなくても。
親が子どもに教えなければならないことはたくさんあります。
怖いことだから言いにくいし、恥ずかしいことだから伝えたくない、他人任せにしてもいいんじゃないかと目を背けたくなりますが、残念ながら誰も教えてくれないのです。
だから、親が教えてあげなければならない。
子どもには『正しい知識』が必ず必要です!
上記に挙げた絵本などを是非活用してください。
「自分は大切な存在であり、気安く他人に触らせてはいけないこと」を伝えてあげてくださいね。
お読みいただきありがとうございます。
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