発達凸凹BOYとの日常

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【母の死】【新型コロナウイルス】今年母が亡くなった。機能不全家族だけど大好きだった母。

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こんにちは!Riccaです。

私は今年の1月7日に母を亡くしました。
毎年母と義母にプレゼントを送っていた『母の日』の広告がやたらと目に止まり、胸がキュッと苦しくなります。

母が亡くなった時のこと、新型コロナウイルスでたくさんの方々が亡くなり、悲しい想いをされている方々の気持ちとどうしても合わせてしまいます。
そんな想いで記事を作成しました。

母という人間

私はこんな家庭で育ちました。
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今思うと、お金の管理もできない、掃除もできない、有り金は全て使ってしまう、買い物症候群、パチンコ中毒だった母はADHDだったんじゃないかと思います。

母は、ヘビースモーカーで、ブラックコーヒーをガバガバ飲んでいましたが、決してヤンキー気質ではなく、実家はそれなりにお金があった神戸のお嬢様育ちだったと従姉妹から聞いています。
無類の本好きで、勉強やクイズ番組が好きで、字がとてもキレイでした。

ご飯は作ってくれたらいつも美味しかったのですが、大きくなってからは21時以降に惣菜や弁当ばかり食べていた記憶しかありません。


姉の妊娠中は、大好きなコーヒーを悪阻で飲めなかったけど、私と弟の時は飲めたから飲んでいた。しかも一切禁煙しなかったそうです。


父も母もヘビースモーカーでした。私はタバコが大嫌いで、今も大嫌いです。
姉と弟はタバコを吸います。


こんな母も、子ども達を愛してくれており、いつも味方になってくれました。
でも、仕事で毎晩遅く帰ってきて、毎日父と喧嘩して、父のことを影で「オッサン」と子ども達に愚痴を吐く母に、私は甘えることはありませんでしたし、学校の話をすることはありませんでした。


父と出会ってしまい、不幸だった母は自己愛を満たす存在として、子ども達を見ていたかもしれないと思ったのは、母が亡くなってからでした。

自己愛が全てではなく、母の携帯のアドレスは何十年も私達兄弟の名前が入っていました。ちゃんと心から子ども達を愛してくれていた部分はしっかりあったと思います。
小さい頃の感じだと40:60くらいかな?


それでも、母が亡くなった時は兄弟3人ボロボロ泣きました。
父が亡くなった時は誰も泣かなかったのに。


2019年の1月

母は定年後も働いており、休みが取りやすい環境でした。
事情により実家に帰ることはできませんが、こちら側に来てもらうことは子どもが生まれてからは1~3ヶ月に1度ほどありました。


次男が生まれてまだ1ヶ月頃

主人が希望休を間違えてしまい、長男が大好きな消防署の出初め式に行けませんでした。

私は育休中でお休みです。
長男を出初め式に連れて行ってあげたくて、出初め式がある場所は母の職場の近くでしたので母を誘いました。

子ども二人を連れて外出するのは初めてでした。


この頃の母はとても元気でした。
今年のお正月辺りはこの出初め式の事を思い出しては涙が溢れてきました。

2019年7月頃

母がとうとう新規契約が取れないからという理由で会社を退職することになります。
20年以上働いた会社でした。

母と姉と私と子ども2人連れて、今後のことを話しました。
色々あって弟のことがちょっと大変で、あとはお金の問題は大人になっても続いているのでその話です。

姉は母と会ったのはこの日が最後でした。

2019年9月

母が私の家に来ました。
母はいつも絶対“何か”をたくさん買ってきます。
賞味期限切れで大安売りしてるお菓子から、貰い物のお菓子や行き付けの喫茶店のお弁当など。

長男は保育園に行っていて週2回くらいしかおやつは食べないし、いつも持ってくる量もすごくてよく余りがちだったし、第一実家はお金に困っており貧困です。
毎回やんわり断っているのに持って来ます。

断ると「えー…」と残念な表情をされてしまうとそれ以上何も言えなくなってしまうのは、私が母に遠慮している部分があるからだと思います。
昔からこんな感じで、自分の思った通りに子どもがならないとちょっとふて腐れるのです。
こんな所にも私のアダルトチルドレンのスイッチがありました。
事あるごとにふて腐れる母に強く言うことができないのです。

私は買い物症候群の一種と思っており、私が喜ぶと「そうやろ、あんた好きやろ。」とすごく嬉しそうにします。

この日も買ってきてくれて、母がよく買ってきてくれた私の大好きな喜八洲のみたらし団子は見るたびに涙が溢れそうになります。

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母と連絡が取れなくなった

昔から貧困でお金の管理もできなかったので、母の携帯は止まりがちでした。

2018年か2019年辺りにスマホに変えたばかりの母。
LINEも全く見ないし電話も出ません。
本当によくあることだったので、「またか」くらいな気持ちでしたが、段々姉や叔母とも連絡を取り合いながら心配していました。

仕事を生き甲斐にしている部分があったので、辞めたことで鬱になっていないか心配していました。


弟がNEETなのですが、その弟がまた自閉症で…
ちょっと独特で、会話があまり成り立ちません。(知的ボーダーの可能性)
しかも長姉からの電話に出ようとしません。
大人になってから弟の姿はほぼ見ていない状態でした。


2019年12月30日、意を決して弟に電話を掛けました。
母に代わってもらい、声を聞けてとても安心しました。

3分ほど話し、「渡したい物がある」と言われて翌日に会う約束をしました。

主人は仕事なので、家に来てもらいます。
長男に言うと久しぶりのばぁばにとても嬉しそう。

母が来ない

12月31日13:00とあれほど念を押したのに(1回ドタキャンされたことがあったので)、待てど暮らせど母は来ません。

15:00、弟に電話したら「支払いに行くと言ってた」とのこと。
長男も朝から家の掃除を手伝ってくれて10分起きに「ばぁばはまだ?」と聞いてきます。

17:00、弟に電話したら「まだ帰って来てない」とのこと。
「ばぁばは?」と聞かれてのらりくらり答えていましたが「もう来れなくなっちゃったんだって」と言うと「なんでぇぇ!?」と残念がる長男。

19:00、弟に電話をしたら「まだ帰って来てない」って、嘘やろ?と。
帰ってきたら連絡するように言ってと伝えて、子どもらのご飯やお風呂を入れて上がった20:30に着信が無かったので電話をしたら「まだ帰って来てない」って。

とりあえず、私はここで弟に「21時になったら子どもら寝るし、電話掛けられたら困るから、明日こっちから電話するから今日は電話いいって伝えて。」と言い残しました。

2020年1月1日

朝の9:00母から電話がありました。
来れなかった理由は「いくつもある支払いに時間が掛かった」とのこと。

健気にばぁばを待つ長男のことを思い出したら少し腹が立って、でも頑張って抑えた口調で「それなら電話してくれたら良かったのに」と言いました。


その日は主人の親戚の法事があるのですぐに電話を切りました。

2020年1月2日

私から弟に電話し、母へ代わってもらいました。
この日は楽しく色々な会話をしました。
長男が発達障害の診断を受けたことも話せてなかったので、「いち(長男)もさぁ、色々あってん。お母さんにずっと話したかったんやで~!次会ったら詳しく言うな~!」と5分ほど会話し、今度こそと1月4日に会う約束をしました。

2020年1月3日

昼頃母から電話がありました。
「足痛くて行かれへんわ。ごめん。」

え?そんなに身体悪かった?と思いつつ、私がそっち行くから!と言いましたが、母は頑なに拒否。
まだ生まれて1歳になろうとする次男と、手がかかる長男のことを懸念してくれていたからだと思います。

結局、実家の最寄り駅で待ち合わせすることになりました。
実家と駅は元気な大人が歩いて25分弱掛かります。
足が悪い母は一番近くのバス停まで歩くからと言いますが、バス停までも15分は掛かります。
ここは何度も「子どもらは大丈夫やから!私が行く!」と言いましたが、言い出したら聞かない母なので駅で待ち合わせすることに。

20201月4日

母との待ち合わせのために子ども達の準備を整え、さぁ出ようとスマホを持ちました。
サイレントモードにしていて気づかなかったのですが、1時間ほど前に弟の携帯から着信がありました。
すぐに掛け直すと「お母さんが入院した」


は?


自閉症の弟は淡々としていますがイマイチ説明がわかりません。
よく聞いてみると倒れたのは夕方18時頃、入院決定は22時頃だそうで、買い物途中で倒れて救急車で運ばれたそうです。


買い物というのは、膝のサポーターを買うと言って出掛けたそうです。
私たちに会うために、足が悪くなっていた膝を少しでも良くしてくれようとしていたんだと思います。


弟になぜすぐに電話してくれなかったのか聞いたら、「子どもが寝てると思ったから電話しない方がいいと思った」

自閉症あるあるです。完全に盲点でした。
私が12月31日に言った事を彼は守っただけ。私達の尺度で「緊急時は連絡するのが普通」は通じません。
これほどオーマイガッ!な状態はなかなか無いと思います。


予定変更し、向こうで食べようとしていたお昼ご飯を子ども達にまず食べさせて、「着替えが必要」と言われたので近所のしまむらでしっかり買い物してから病院へ向かいました。
電車とバスで1時間20分ほどの場所です。

15:00頃病院到着

近くのスーパーで大人用オムツを購入してから病院に行きました。

母より先に、医師から説明を受けることになります。
恐らく、あまり話が通じない弟に難儀していたであろう先生は、私に全てを怒涛のように話しました。
とりあえず、全身悪いとのこと。

そして脳梗塞にかかった跡があること。私は全く知りませんでした。
ここ数ヶ月杖をつくようになったことも弟に初めて聞きました。
恐らく、連絡が取れなかった期間に軽い脳梗塞にかかり、病院にも行かず、その影響で杖をつくようになったと思われます。

高血圧に加え、50代から糖尿病にかかり、病院嫌いな母はほとんど糖尿病治療をしてきませんでした。貧困も理由だと思います。

私たちは「病院行ってな」とは言うものの、病院を嫌がり乗り気じゃない母に強制できなかった自分をその後何十回も責めました。


危なくなったら人工呼吸器をつけるか否か、私に委ねられました。

こういう時、決断力がなく、決定権を誰かに委ねがちな自分が嫌になります。

少し待ってもらい、何度か連絡を取り合っている姉にどうするか相談しました。
姉は用事で来れず、夜に来ることになっていたので電話でやり取りです。


母の性格を思うと「そうまでして生かされたくない」と思うから、人工呼吸器つけてもらわなくてもいいんじゃないか?と話しました。

先生に伝えると、「一度お母さんに会いましょうか」と言われ、通してもらえたICUでようやく母に会えました。

母は生きている

目を瞑って、苦しいのか、身体をずっと捩らせる母。

私が問いかけると「うーん…」だけ返ってきます。
私は明るく「もしも悪くなったら、人工呼吸器つけてもいいかやって!お母さんつけてもいい?」と聞きました。

「…ええよ…」

私が最後に聞いた母の言葉でした。
こんなのを見たら、「人工呼吸器つけません」なんてもう言えません。
姉に確認しなくても、私自身で「人工呼吸器お願いします。」と医師に告げました。

容態悪化からそして…

1月5日、1月6日、1月7日と極力母の病院へ通いました。
主人は仕事ですが、お正月なこともあり、姉の旦那さんがいてくれて助かりました。
ICUは子どもは入れないので、姉の旦那さんに子守りを任せながら私もICUへ何度も入りました。

止まりかけの心臓を動かす手術を1度しました。

別の日、兄弟で福祉施設に行っている最中、私が緊急連絡先になっていたので、私の電話に病院から緊急連絡が入りました。
術後も良くなく、今行っている透析の意味がない(植物人間状態になる)というようなことを電話で説明されました。
姉に聞かずとも、私自身の決定で現在の透析の回路で終わりにしてあげてくださいと言いました。

後に姉もそれがいいと言ってくれました。


1月6日の深夜に病院から呼び出しがあり(今日、明日がヤマと言われていた)、長男は主人に任せて次男だけ連れてタクシーで向かいました。

次男は何とかなりましたが、長男は段々ストレスが溜まっていき、癇癪と多動が酷くなっていました。

大きな待合室で仮眠を取りながら、その時を待ちます。
薬で眠らされている母に意識があるかわからないけど、たくさん泣きながら兄弟達で母にたくさん話かけました。
段々と命の灯火が小さくなる母。

1月7日17:18 享年68歳で永眠

さいごに

この新型コロナウイルスの流行っている中、母がコロナに感染したらまず助かってなかったと思います。
重度のヘビースモーカー、高血圧、糖尿病。

コロナで亡くなった方々は、お顔も見れないままお別れになると聞き、大変心苦しく思いました。

あまり写真が好きではなかった母なので、私は姉と少ない親戚に許可を取って、私の愛用しているリップを塗り、棺の母の写真を取りました。

死者の写真は良くないと聞きますが、大切な人を失い、私は“記録”として残したかった。
忘れたくないと思いました。
だから写真を撮りました。

本当はもっと子ども達との写真を撮ってあげたかった。
1回くらい旅行に連れて行ってあげたら良かった。
私が車の免許さえ持っていれば、休みの日であれば主人の車を借りて母を病院に連れて行ってあげたり、送り迎えだって出来たり、もっと子ども達に会わせてあげられたかもしれない。


お母さんが元気な皆さん、ぜひ後悔しないように今を大事にされてください。

今はコロナで大変ですが、誰かの大切なお父さんとお母さんを守るために外出自粛をしてください。
宜しくお願い致します。



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  • 作者:松家かおり
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